実家のドアホンが壊れたのに「触るな」と言う父。――古い配線を守り抜く主を一石多鳥で解決する、ワイヤレス防犯計画』

「壊れているから直そう」
そんな当たり前の正論が、実家という特異点では通用しないことがあります。

我が家の玄関ドアホンは今、絶賛故障中。
防犯上も生活上も不便極まりないのですが、家の主である父の返答は、想定外。

「いいが、下手に業者なんか呼んで、別のとこまでおがしくなったらどうすっぺ。困んべ」

「今の配線はな、複雑なんだ。いじらねえのが一番安全だ。触るでね」

今回は、そんな「現状維持」を貫く強固な壁を、一石多鳥の視点でどう飛び越えるか。迷走するALSOK導入編までを交えた、実家防犯リノベーション(未遂)の記録です。

1. 「火事」より「不変」を尊重する父の美学

実家の電話周りは、ルーターやコードが幾重にも重なり、埃を被ったカオス地帯。私は「ホコリで火事になるリスク」を論理的に説明しました。

しかし、父にとっては火災の不安よりも、馴染みの電器屋さんの「迷宮配線」発言の尊重と数十年共に歩んできた「この家の秩序」が変わってしまうことへの恐怖が勝っていたのです。 

「昔っから馴染みの電器屋が『これはややこしくて手ぇ出せねえ』言ったんだ。それが一番の答えだべ」

その言葉を聞いたとき、私は気づきました。この美学は高度経済成長期から今日まで、必死に働いて築き上げたこの「城」を、得体の知れない変化から守ろうとする、父なりの責任感であり、力強く生き抜いてきた証なのだと。

2. ALSOK迷走編:決め手は「性能」ではなく「色」

そんな父も、防犯意識がゼロなわけではありません。ついに「ALSOKかSECOMか」という議論になった時のこと。

:「やっぱり最大手のセコムがいいんでねぇが?」
:「いや、セコムはダメだ。ステッカーが赤くて目立ちすぎるべ。あんな古りぃ家に大げさだ。泥棒に『金がある』と思われて強盗に押し入られて、縛られるのは構わなねぇが、ステッカーは青いALSOKがいい」
:……親父、強盗に縛られるのは、いいんだべが。

サービス内容や料金ではなく、「ステッカーが青くて馴染むかどうか」が、父にとっての最優先事項なのです。

ちなみに、夏に「今は忙しいけど、セキュリティ会社は決まったから近いうちに契約する」「年内には入るのが目標」とのこと。父親の中で半年後も近いうちらいし。そして気づけば春が訪れましたが、いまだにALSOKのステッカーは貼られていません。

3. 戦略変更:古い城を壊さず「安心」を上書きする

父が嫌がるのは「今ある環境を変えること」です。ならば、解決策はシンプルでした。

「お父さん、今のインターホンはそのままでいい。配線も一本も抜かねえ。その横に、新しいモニター付きのをポンと『貼る』だけにするから」

この提案は、江原啓之さんの視点から学んだ「大我(利他)」の教えが私の脳裏をよぎったからです。

大我の愛とは、この場合、こちらの正論を押し通して父の安全を確保することではなく、相手の判断を尊重してその思いを受け止めることです。

「安全か、役に立つか」という合理性だけで測れば、父の主張は間違っているかもしれません。しかし、本人の意思やプライドを尊重し、心の平穏を守ることもまた、一つの大切な「利他」の形です。

そのため、父の「現状維持という正解」を尊重しつつ、私の「防犯強化」という目的を同時に叶える一石多鳥の策となりました。さらに私は、以下の「一石多鳥セット」を組み込みました。

提案

  • ワイヤレスドアホン: 工事不要。古い配線はそのまま。今のベルの横に並べるだけで、室内のモニターから相手が見える「最新の目」を増設。
  • 人感センサーライト: 暗い玄関先を「ぱっと点灯」させる。父が「強盗に縛られても構わねえが、派手なステッカーを貼るのは恥ずかしい(ALSOKの青ならいいがな)」と言うので、その羞恥心やこだわりは慈しみ、まずは大げさでない光の抑止力を。
  • 電話機の新調: 埃まみれの電話機を「詐欺対策機能付き」に変えることで、配線整理と防犯を一気に片付ける。

これこそが、私が教員時代に学んだ「環境調整」。本人の「心の安全保障」を壊さずに、周囲の環境を変えて安全を確保する新しい安心を上書きする手法です。

4. まとめ:一石多鳥な親孝行は、配線のいらない場所から

現在、私は信頼できる業者を探し、「見積もりだけ」の依頼を検討しています。
「いくらかかるか」「どう設置するか」を可視化することで、父の「見えない不安」を一つずつ取り除いていくプロセスです。

「お父さんの言う通り、古い配線はいじらねでおこう。んでも、これつければもっと楽だぞ」

正論というハンマーで壁を叩くのをやめると、新しい道が見えてきます。

実家の防犯は、最新のセキュリティを契約することだけがゴールではありません。

昭和の時代を駆け抜け、家を守り続けてきた父の感性に寄り添いながら、新しい安心を提案すること。

そして、そのプロセスに時間を割いている時も、一歩引いた視点から心の中で「愉快な演劇」を見ているように捉えること。

それだけで、愛おしさが湧いてきて、楽しく向き合えます。


5おわりに
実家の防犯に悩む皆さまへ。
相手を否定せず、自分の心の中で状況を笑いに変える。
そんな「大我の視点」を持てたとき、配線のいらない場所から、本当の安心が滑り込んでくるはずです。


さて、年内にALSOKは来るのでしょうか。
配線迷宮の出口もまだ見えませんが、行動の変化はまず意識の変化から。そのための種はまきました。センサーライトの設置もまだですが、これからも、私という光で見守っていきます。


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